自担と推しと好きな人、あるいは自分のスタンスについて

なんか自伝ブログに飽きました。いつか続き書くかもしれないけど、ま、年表はさっくりまとめたしいいだろって感じで今回は別の話題です。

私にとっての、自担、推し、好きな人という言葉の違いについて。


まずですね、私がいわゆるオタ活、あるいはファン活動を始めたのが、AKB畑だったんですね。

それまでも、好きな人はいたんですが、(過去ブログ参照)、

初めて、CDを買った、ライブに行った、その子が出てるという理由で雑誌を買った、出てる番組を全てチェックした、ラジオを聴いた。

この辺りの行動全てAKB畑で済ませてます。

あるいは、ネットなどでファンの感想をチェックしたりとか、そういうこともAKB界隈で初めて行いました。テレビの中のアイドルと自分。ではなくなったんですね。


なので、いわゆるファン用語的なものも、AKBで覚えたところがあります。

今でも、何も考えずに言うと「推し」って言葉が最初に出て来ます。
この言葉って便利なのが、「推し」という一単語で「応援している人」(まぁ、定義は様々だと思いますが)という名詞的に使うことも出来れば、「いま推している子は〜」とか、「◯◯ちゃん推してるんだよね〜」のように動詞的に使うことも出来るんですよね。

ここら辺が便利なので、正直、自担、担当って言葉よりしっくりくるのは事実です。世間的認知度も高いですし、「推している」って日本語的にもわかりやすいので。「担当してる」ってちょっとわかりにくい気がします。あくまで、個人の意見ですが。

ジャニーズ界隈では、自担、担当という言葉で表現するのがデフォだと理解してますし、だからこそ郷に入っては郷に従えって感じで、使います。


その上で個人的には、

担当(1番推してる人、優先的にお金を使う人)
推し(上には劣るが好きな人、出来る範囲でお金を使う人)
『好きな人』(とりあえず好きな人、ただしお金はほぼ使わない)

って感じで使い分けてます。担当、推しのことを好きな人って呼ぶこともあります。間違ってないし。まだ大学生で、一人暮らし中で、お金に余裕があんまりないので、正直お金の優先順位の決意表明みたいなところがあります。(度々揺らぎますが)

ざっくりいうと
CD、雑誌は、あまり迷いなく出せる
ライブDVDは、1〜2ヶ月に一本が限度、それもちょっとひもじい思いをする
ドラマのDVDボックスは、かなり躊躇&吟味する。正直担当が出てるだけでは買えない。ドラマも本当に好きじゃないと。
現場もコンサートは1公演ならあらかじめわかるし行ける、舞台は躊躇するって感じです。
働き出したらお金に余裕が出て変わってくるんだろうと思うんですけど、現状はこんな感じです。

なので、お金を使える範囲、優先順位をしっかりつけてます。

少しお金に余裕があるとき、気分転換をしたいとき、チケットがご用意された時、うまく被れば、そこまで優先順位が高くなくても現場に行ったりはします。(でも、あくまで興味があるグループだけです。お友達から誘われてパターンもないので。いままで行ったライブ、舞台すべて自名義単独1席で入ってるぼっちオタです)

例えば、今は自担がデビュー組、推しがJr.なので無いですけど、同時期にCDあるいは、アルバムやライブDVDなどが発売される場合、金銭的に厳しければ、自担のものを優先させます。そういう優先順位です。

もちろん、頑張りますけど。

ただ『好きな人』っていうのは、基本的にお金を使わないです。その人のために何かを買うっていうのは基本的に無いです。よっぽど引退するとかでもない限り。
ただ、テレビに出てたら録画して見るし、雑誌のスクラップをするときにページは残します。

そういった違いはありますが、みんな好きなのも事実なんです。


だからツイッターでは結構満遍なく呟きます。自担から、推しから、好きな人まで。

ここがいい、あそこがいいって。節操なく見えるかもしれないんですけど、なんでしょう、もちろん好きな気持ちの表れが1つ、あとは、罪悪感みたいなものもあります。

それは、1つ経験として、ツイッターの1つのつぶやき、あるいは公式のツイートに対するRT、いいね、そういったものが、数字として現れる時代であるということ。

AKB界隈にいた時は、より感じました。ツイッター、インスタのフォロワー数とかで比べられたり、仕事が決まったり。
無いよりあったほうがいい、やらないよりやったほうがいい。そういう精神です。

だから、いわゆるただ好きな人ポジションの人に関しても、ここはなるべく行動するところです。

お金がなくてごめんな、もっとあったらたぶん使ってた、せめてもの貢献をさせてくれよな。

そういうつもりでSNSを使っています。




だからこそ、SNSでは、なるべくマイナスなことを呟きたくない。嫌いな人の話題をわざわざ出したくない。面白くなかった作品を貶すのも嫌。全部まとめて、心の中のゴミ箱に突っ込んでます。しばらくしたら自然と焼却処分です。


それは、自分が嫌いな、何か、人だったり作品にも好きな人がいるから。


そして、私は、自分の好きな人を、好きなものを、貶された相手に、その相手が好きなものに対してもマイナス感情を抱いてしまう心の狭い人間であるから。


だからこそ、わたしみたいな人が、わたしなんかが原因で、わたしの好きな人、ものを好きになる機会を奪っちゃいけない。奪いたくない。裾野は広いほうがいいんです。



さらに言えば、自担とか推しが出ている作品がつまらないことってあると思うんです。
あるいは、自担のビジュアルが、パフォーマンスが、コンサートが気に入らないとか。改善点がたくさん見つかるとか。それも、出来れば、公式に直接伝える(お客様フォームとか、お手紙とか)手法を取りたいなって思ってます。

もちろんいろんな方がいます。
気になることがあって、つぶやく。直して欲しいから、改善されるかもしれないから、その欠点が気に入らないから。
理由は様々で、スタンスも様々です。

ただ、わたしはあまりしたくないってことです。出来れば、直接伝わる方法で、自分と相手以外の目に入りづらい方法で。


それは、1つに、ツイッターでつぶやくより効果があるから。


もう1つが、自分がつぶやいたことで、その「粗、欠点」に気づいてしまう人がいるかもしれないから。


これは、私が未熟なんだと思うんですけど、正直そこまで明確にここがこう、って、気づかないタイプなんですね。ことパフォーマンスに関しては、でもオタのつぶやきを見てよくよく見ると確かに気になってきちゃったり。そうすると、色が褪せてきちゃうことがあるんです。私が未熟なだけなんですけどね……ただ、その情報を得なければもっと素直に楽しめたなってことあると思うんです。


例えば、小・中学生の頃にすごく好きだったドラマとか、後で調べたらやたらと評価が低かったりして。
ここがダメあそこがダメ、なんて理路整然と並べ立てられると、確かに気になってきちゃうんです。すごく好きだった作品なのに。

その逆も然りで、ここがいい、あそこがいいなんて絶賛されてたりすると、見直して、確かに!って思ったりします。


要は結構単純なんです。


でも、私みたいに単純な人いないとも限りませんよね。


だから、積極的に、粗とか、欠点とか探したくない、気付きたくない、気づいてもそれをわざわざ全世界に向けて発信するようなことはしたくない。


言葉は悪いですが、そこに気づかず、『騙されて』くれてる人の、楽しんでくれてる人の、目を覚ます行為をわざわざしたくない。


わたしは、批評家でもなければ、ただのオタクでファンなので。


その人が、楽しんでくれる可能性を、お金を落としてくれる可能性を、消す行為はしたくない。


これも、AKB時代にまざまざと感じたことなんですけど、どんな方法であれ、どんな緩さであれ、軽さであれ、褒めてくれる、お金を落としてくれるというのは、ありがたい行為です。新規がいない界隈は萎みます。アンチは別。

(どの界隈にも厄介な、問題行動する困った人はいます。一定割合でいます。母数が多ければそれだけ数が増えて、他の人々の目に写っちゃいます。◯◯のファンはとか、新規がとかではなく基本的には、売れたから、ファンの数が増大したから、目につくようになったってだけです。基本的には)


わたしのお財布がちっちゃいからもありますね。


売れなければ次がない時代です。

集客できなければ次が遠くなる時代です。


裾野が広がる、ファンの数が増える、そうでなくともライトになんとなーく好きだなぁと思ってくれる人が増える。

それが、自分の好きな人の、新たな仕事に、活躍に繋がります。

そんなこんなで、SNSを使っています。周りに強制するつもりではなく。あくまでわたしの思考、思想、スタイル、スタンスです。自分で破っちゃうことだってあると思うし。
でも、こういうことを考えてたって記録を残しときたくて、書きました。

以上。

中学進学と増える選択肢

さて、このブログも回数を重ねてきまして、いわゆる自叙伝編(勝手に命名しました)は、2009年に到達しました。


この年、私は中学校に進学するわけです。


なにをトチ狂ったのか、この私が、インドアを極めまくっていたこの私が、運動部に所属します。


まぁ、文化部の選択肢が少なかったとか、いわゆる盛大な四月病をやらかしたとか、辞めようと思っても顧問が怖くて言い出せなかったとか、さまざまな理由を重ねて、結果として3年間やりきることになります。


まぁ、これを読んでる方にはあんまり関係ないことかなって思うんですけど、要は、忙しくなるんですね。


あとは、中学進学を機に、ちゃんとした携帯電話を入手し、さらに携帯でネットが見られるようになります。(まだガラケー、フィルタリングはきつめ)



さてさて、文明の利器を手に入れた私はというと、携帯でのネットサーフィン(主に小説を読む)が日常になります。



加えて、仲良くなったお友達などの影響で毎週週刊少年ジャンプを読むようになります。



つまり、趣味が増えたんですね。



とはいえ、ドラマを見るのは好きでしたし、この頃はまだ少クラも見てましたし、それなりにテレビも見てたと思います。


なんせテレビっ子なので。



ただ、テレビに対する熱量みたいなものが下がったのは否定出来ないと思います。


HDレコーダーの容量が足りなくて、見ずしてバラエティとか消しちゃうことも増えました。


さらにお小遣いの使い道は、週刊少年ジャンプと、お菓子に向かいました(腹ペコ中学生ポテチにハマる)



さてさて、2009年といえば、嵐が年間シングル売上のトップに立ったり、メンバーのドラマや映画などが放送されたり、名実ともに『国民的アイドル』として確立された年だったかなぁと思うのですが、


まぁ、例に漏れず、私もそれなりに嵐を見ていたと思います。この頃は、にのが好きだなーって漠然と思っていた。流星の絆だったり、あとは少クラプレミアムのニノの回だったりはすごい好きだった気がする。


中学生にもなると、少し年の離れた人がかっこよく見えてくるもので。あとは世間の風潮とか。純粋な見る回数の多さとかから、なんとなく山田くんより二宮くんの方が好きかなーってなっていた。


そもそもその当時は、どっちがなんて考えていなかったと思うけど。



もちろん山田くんも見ていた。


左目探偵EYEとか。NYCとか。


でも、ドラマ以外で追いかけなくてもいいかなって気持ちだった気がする。


まぁ、結果として、担降りというか一推しが変わることになるんですね。


ただ、個人的な考えなんですけど、担当って、あるいは推しって、お金を使う対象なんですね。


だから、山田くんは、担当じゃなかったのかなって。


あるいは二宮さんが担当になったのも、AKBオタから戻ってきた時かなって思ってます。


なので、結局、山田くんに関しては、完璧な茶の間で、終わるんですね。


1円もお金を使ってないんです。


一番好きな人ではあったけど、担当ではない。


淡い初恋だったのかなって思います。


ありがとう山田くん。



そんなこんなで過ぎ去った2009年。


この年の私は、いろんなものに手を出しまくっていて、結果として定着したものもあれば、今は触れてないものもあります。



次回:押し寄せるAKBと引いていくジャニーズ、顔を出す中二病

今回はさっくり

番外編というか今後このブログがどんなことを書いていくかっていうことについて……


2008年まで終わりましたがその後、


2009 2次元にハマる

2010 押し寄せるAKB 引いていくジャニーズ

2011 3.11とAKB

2012 努力という名のエンターテイメント

2013 推しのスキャンダル

2014 嵐の15周年とがむしゃら

2015 いまふたたびの嵐

2016 AKB最後の現場

2017 決意

2018 驚きの春、あるいは目移りする心


とまぁこんな感じで進めていこうかなって思ってます(飽きるまで)

内容は変わるかもだけど。


あと人生の一推し遍歴としては、


山田涼介→二宮和也峯岸みなみ二宮和也菊池風磨

って感じです。人生において、その時の自分の中で一番になったことがある人たちって感じ。


では、次の更新で。



凝り性と情報不足と飽き

さてはて。少しは読んでくださってる方がいるようなので続けましょう。

 

今回は長くなりました。あと支離滅裂と意味不明が隣で仲良く座ってるので読み切った人に花束をプレゼントしたい。

 

2008年のお話です。

 

山田くんを好きになった私。

 

あるいは、ドラマを好きだった私。

 

テレビが娯楽の中心だった私が、過ごした小6の頃の話をしましょう。

 

そのころの私は、親に受験を迫られ、住んでいる土地柄、受験をする風潮があり、その一方でやる気はなく、結果としてストレスばかりが溜まっていました。

 

まぁ、ろくに勉強もしなかったので中学は普通の公立校に通うんですけどね。

 

小学生なんてまだヒマの極み。

 

テレビにかじりつく日々を過ごしていました。

 

HDレコーダーに録画出来るようになったので時間を問わなかったのも大きい。

 

 

とりあえず当時見ていたドラマを並べてみますか。

 

1月期

1ポンドの福音

ロスタイムライフ

4月期

ラストフレンズ

ごくせん

ハチワンダイバー

7月期

シバトラ

学校じゃ教えられない

正義の味方

コードブルー

魔王

33分探偵

ヤスコとケンジ

10月期

流星の絆

ブラッディマンディ

スクラップティーチャー

Room of King

赤い糸

 

とまぁ、これだけ見ている。

他にも少し見て辞めてしまったり、この中にもあんまり覚えていないものがあったりとするが、当時はたくさんドラマを見ていた。

 

特に7月期は、学生向けなのか学園物が多かったような?昼間の再放送を含めて、若年層に優しかった気がする。

 

あるいは、学園物でなくてもメインのキャストが若い作品が結構あった。

それは、今よりドラマのハードルが低く映画のハードルが高かったからかもしれないと思ったり。

 

まぁとりあえず、テレビにかじりついていた私はというと、端的に言おう。

 

 

 

山田涼介に慣れていた。

 

 

 

もちろん好きだったし(なんなら今でも顔は好きだ)、少クラを見て彼のソロ曲(パフュームとかアジアの夜とか)にキャーキャー言ったり、ドラマを見たり、していたのは確かなのだが、

 

 

 

当時私が得ていた供給というと、

・日テレの日曜昼のバラエティ(100分テレビ→昭和平成→スクール革命?)

・ザ少年倶楽部

・ドラマ(連ドラと単発)

 

 

結果として何に慣れていたのか、

 

「山田涼介がたくさん見れること」にである。

 

あるいは、こう付け足してもいいかもしれない、

 

「山田涼介を"無料で"これだけ見られること」にである。

 

 

 

これが何を意味するのか、頑張って説明していきたい。

 

 

まず一つ言及したいのが気持ちの変化率である。

 

好きになる時の勢いみたいなもので。

 

ぐわっと好きになって、たくさん調べて追って、しばらくして少し落ち着いて。

 

っていう流れを経験したことがある人はいるだろう。

 

その好きになった時の勢い。

 

これが、気持ちの変化率でいうとプラスの時。

 

逆に、嫌いになっていくときは、気持ちの変化率がマイナス。  

 

変化しないときはゼロである。 

 

私は、よっぽどのことがない限り、一度好きになった芸能人を嫌いにはならないので、結果として、気持ちの変化率はプラスかゼロしかない。

 

さて、このプラスの時の勢いだったり、行動力っていうのは、だいぶすごいものがあったりするものなのだけど、一方でこの時を逃すと、自分の中の習慣を一つ増やすレベルに行動を変えることって難しかったりすると思う。

 

例えば、普段テレビを見ない人が見るようになる。とか、雑誌を買わない人が買うようになる。とか、ライブに行ったことがない人が行く。とか、ファンクラブに入ったことがない人がファンクラブに入る。とか。

 

 

「好きなもの」には、人の行動を変化させるパワーがあるけれども、そのパワーはタイミングを逃すと発揮されないのである。

 

 

さてさて、次に、今回の題名にもある「情報」にも言及したい。

 

 

当時、私は小学校6年生。

携帯は持っていたがインターネットは使えなかった。家のパソコンももっぱらゲーム用だった。

 

周りにジャニーズを好きな人、というかジャニーズのファンクラブに入ったりしていて詳しい人はいなかった。

 

この時、というのは、つまり、上記にあるような「山田涼介を好きになって気持ちの変化率がプラス」の時なのだが、この時に周りに詳しい人がいたら、あるいはもう少し情報を手に入れられていたら。

 

例えばライブに行こうとしたり、雑誌を読もうとしたり。

もちろんお金がないから無理だったと思うけど、「お金が入ったらこれに使いたい」ってだけでもだいぶでかいのだ。

 

 

「好きなものに対するお金の使い方」を好きになったその時に知れるかどうか。

 

あるいは、

 

「好きなものに対する時間の使い方」を知れるかどうか。

 

これが、重要だということに数年経って気づくことになる。この時はまだ知らない。

 

 

もし、知ることが出来ていたら、

テレビで観れるものだけに満足して、

それがすべてだと思って、

しばらくしたら、それに飽きて、

なんてこともなかったんじゃないかって思う。

 

 

あるいは、

例えば、もっと供給が少なかったら、

好きな気持ちの勢いのままに、

もっと観たいと何かしらの行動に移していたかもしれない。

しかし、満足できる程度の供給がなされてしまっていたのである。

ありがたいことに。

 

 

 

所詮これは、言い訳か、負け惜しみなんだけど。

 

 

結局、この時の私は、テレビの前から動くことがなかったのである。

 

 

 

 

テレビの前から動くことの大切さというのは、それこそジャニーズを好きな方なら、あるいは、アイドルを好きな方なら、わかってくれる。かもしれない。

 

 

 

2008年を通して、山田涼介の供給(デビュー当時としては多い)に慣れ、他も含めて沢山のテレビを摂取した。

 

 

結果として、山田涼介くんは、もちろん好きなままだったけど、一方で、その好きが特別な行動に駆り立てることは無かった。

 

 

さらにいうなら、他にも、ドラマ経由で、ジャニーズでグループごとに1人ぐらいは好きな人が出来たりしていて、山田涼介くんに対する好きが特別感を失っていった。

 

 

 

これが2008年の私である。

 

 

 

あ、ひとつだけ補足。

 

2008年当時、現在の自担(菊池風磨)に出会っている。

少年倶楽部とスクラップティーチャー。

まぁ、当時は、山田くんが好きだったし、Jr.だと、京本大我くんが好きだった。気がする。

 




 

今回のブログを書いて思ったことは、好きだったものについてまとめて書くって大変だなってことと、10年くらい前の当時まだふわっふわっと生きていた自分の感情を思い起こしてまとめるって大変だなってことです。


 

ここまで読んでいただいてありがとうございます。長過ぎてごめんなさい。読み終えた方は、ぜひ「読了」とでもコメントください。すごいなって思います。

初めて好きになった人のデビューと我が家にHDDが来た(2007年の話)

さてさて、だんだん飽きて来たぞ。

だって現在のこと書きたいのに、まだ10年前………


まぁ、置いておこう。


さて、山田涼介くんが好きになった私(2007年当時小5)は何をしたかってことから話しましょうか。




特に何もしなかった。



これが事実である。


いやだって、忙しかったし(そんな記憶はないけど)


なにより、なにを見れば、どこを見ればいるのかわからないのだ。


当時、インターネットツールはなく。


我が家はブラウン管で、番組表は見れず。


テレビ誌も買わなければ、新聞も取っていなかった。


つまりだ。


テレビをつけて、ザッピングして、そこに出ていなければ、出会えないのである。


もちろん毎週見る番組とかはあったが、つけてみて、「あれ今週ないの?」ってことはしょっちゅうだった。


ドラマも、いわゆる番宣で知ったり、あとは今季はどんなのかなーって前回見てた時間にテレビをつけてどんな話か知るのである。



期待しないで欲しい。小5なんてそんなものだ。


しかも、親は一般人。


なんなら、気を抜くと、テレビをNHKにしてしまう人である。



さて、


2007年というと、山田涼介くんがHey!Say!JUMPでデビューした年である。


その前のHey!Say!7!っていうのもあった。


そんな状況にいた私が見れていたのか?



たぶん見ていた。


なんとなく記憶がある。


Mステは毎週なんとなく見ていたから。


あと探偵学園Qの連続ドラマ版は、親と喧嘩しながら見た。


なんなら、VHSで録ったのがいまだに残ってる。



そして、我が家にもついに、HDレコーダーがやってくる。地デジ化したテレビも一緒だ。


確か2007年の半ばごろ。

有閑倶楽部(2007年10月期)のドラマを喜んで録った記憶がある。


Hey!Say!JUMPのデビューは、2007年の11月。


見事、好きになった人のデビューにHDレコーダーが間に合ったのである。


この時期は、新しく手に入れた機械を使いこなし、バラエティやら(爆笑100分テレビとか)ドラマやら、歌番組やらを録画していた。


少年倶楽部も見始めた(2007年末のクリスマススペシャルから)


たっくさんたくさんいろんなテレビを見た。

それが2007年である。


再放送も含めいろんなものを見た。


嵐が売れていた(ドラマたくさんやってた)

Hey!Say!JUMPが好きだった。




次回:凝り性と情報不足と飽き

初めての推し、あるいは、好きな人との出会い。

さて、前回のブログでは、ジャニーズとの出会いについて書いた。


今回は、初めて好きになったジャニーズについて書きたいと思う。


2005年に姉がジャニーズにハマり、その頃の姉はといえば、当然のようにKAT-TUNとNEWS(というか山P)と嵐をよく見ていた。


姉は、ジャニオタというよりは、ミーハーな普通の人なので、周りがハマる、あるいは世間で流行っているジャニーズに当然のようにハマっていたのである。


しかしここで説明したいのが、姉はミーハーな普通の人である。オタクではない。


姉は知る限り、現在に至るまで一度もジャニーズのファンクラブには入っていないし(他のアーティストのファンクラブに入っている)、「会いに行こう」という動きを見せたことはない。


あくまで、テレビの向こう側を楽しんでいるのである。


音楽は聞くので、NEWSやKAT-TUNや嵐のCDやアルバムは、家にあった。


他のアーティストのモノに混ざって。


私が聞くことは許されなかった。



出演するバラエティをよく見ていた。あるいは音楽番組を。


他のものも、もちろん見ていた。


姉が面白くないと判断するとすぐに別の番組になった。




ドラマのDVDが家にあった。



父が買ってくれるからだ。



なお、私が見ることは許されず。

というか家で見ているところを見た記憶もなく。

いつの間にか無くなっていた。



そのような感じで、私も姉のようにテレビの前で見る日々だった。


会いにいくという考えは浮かばないのである。


だってそもそも、会えるなんて知らなかった。


ライブって何って感じだった。




そうこうしているうちに、2006年、姉がジャニーズを追う一環で、一緒に見たドラマがあった。


探偵学園Q


それも、SPドラマ版である。


そもそも推理小説が好きだった私は、ストーリーにハマり、キャラクターにハマり、キャストにハマった。


神木隆之介くんも、志田未来ちゃんも知っていた。

同世代ちょっと上、いわゆる憧れと親近感が程よくブレンドされた「好意」を抱きやすいポジショニングのテレビの中の人だった。


その中に彼もいたのである。


山田涼介



私の、初めての推しであり、始まりの推しである。



彼はかっこよかった。


まだ、完成されていなかったが(当時の写真を見ると、やはりいまに比べてあどけない)


しかし、人には好みの顔というものがあり、好きな顔だった。


簡単に言うと、左右対称な丸顔が好きである。



何より当時売れていた方々は、20歳を超えていて、私は小学生で、遠かったのである。


20歳の時に見る30歳と、10歳の時に見る20歳。

この距離は全く違う。


山Pはかっこよかった。異次元なくらいに遠く。

KAT-TUNもかっこよかった。ただちょっと怖かった。

嵐もかっこよかった。ただ、よく知らなかった(まだ2006年である)


みんなみんな好きだったけど、小4の私には、山田くんが近くて遠くてちょうどよかったのである。(失礼は承知の上だ)




結果として、2007年の3月に姉と離れて暮らす時の私のスタンスは、


山田くんが好き(ただ、何を見ればいるのかよくわかんない)


ドラマを見るのが好き。


KAT-TUNとかNEWSとか嵐とか知ってる人がいたら見てみよう。


という感じだった。



次回:初めて好きになった人のデビューと我が家にHDDが来た(2007年の話)



まずはじめに

ブログを書きたくなった。

この気持ちをどこかに発散せねばと思う。

言語化して整理したいとも思う。

だから綴ろう。徒然なるままに。


さて、まずは、自分がどんな人間なのかについて。それはつまり何を好きになってきたのか、ということを説明していきたい。


長くなりそうなので、区切って説明していく。


最初に好きになったのは、確かジャニーズだったように思う。


ジャニーズの存在をしっかり認識したのは、2005年。私が小学校3年の頃。

クラスではごくせんが流行り、ドラマを知らずとも歌は知っていた(No more cry)

その当時、親から21時以降のテレビ視聴を禁止されていたため、ドラマ本編を見ることは無かった。(当時我が家はブラウン管とDVDプレイヤー、録画媒体はVHSだった)

しかし、いつのまにか二つ上の姉がハマっていた。(それはつまり家庭でのテレビがジャニーズに染まると言うことである。当時のチャンネル権は姉→私→母であった)


2005年といえば、ジャニーズドラマの当たり年とも言っていいだろう。

ごくせん第二期、ドラゴン桜花より男子第1期、野ブタをプロデュース、全て同じ年である(他にももっとあっただろうが小3の私の記憶に残っているのはそれだけである)


さてさて、姉がいつの間にかハマり(その経緯は複雑な家庭事情に由来する)、迎える初めての年末。


そう、2005年のMステスーパーライブである。

記憶が現存する最も古いスーパーライブ。

嵐がWISHを歌っていた。

修二と彰がいた。

デビュー前のKAT-TUNが出ていた。

こんな記憶である。

「この人たちみんなジャニーズなんだよ」

なんとなく理解した。


誰が好きとか、どこが好きとかではない。


この日本にジャニーズがいる。


ということを理解したのが2005年である。



ここからしばらく、ざっくり言うと2007年3月までの1年と少しの間。つまりそれは、姉と離れて暮らすようになるまでという意味だが。

我が家のテレビはジャニーズに染まり続けることになる。



次回:初めての推し、あるいは、好きな人との出会い。