中学進学と増える選択肢

さて、このブログも回数を重ねてきまして、いわゆる自叙伝編(勝手に命名しました)は、2009年に到達しました。


この年、私は中学校に進学するわけです。


なにをトチ狂ったのか、この私が、インドアを極めまくっていたこの私が、運動部に所属します。


まぁ、文化部の選択肢が少なかったとか、いわゆる盛大な四月病をやらかしたとか、辞めようと思っても顧問が怖くて言い出せなかったとか、さまざまな理由を重ねて、結果として3年間やりきることになります。


まぁ、これを読んでる方にはあんまり関係ないことかなって思うんですけど、要は、忙しくなるんですね。


あとは、中学進学を機に、ちゃんとした携帯電話を入手し、さらに携帯でネットが見られるようになります。(まだガラケー、フィルタリングはきつめ)



さてさて、文明の利器を手に入れた私はというと、携帯でのネットサーフィン(主に小説を読む)が日常になります。



加えて、仲良くなったお友達などの影響で毎週週刊少年ジャンプを読むようになります。



つまり、趣味が増えたんですね。



とはいえ、ドラマを見るのは好きでしたし、この頃はまだ少クラも見てましたし、それなりにテレビも見てたと思います。


なんせテレビっ子なので。



ただ、テレビに対する熱量みたいなものが下がったのは否定出来ないと思います。


HDレコーダーの容量が足りなくて、見ずしてバラエティとか消しちゃうことも増えました。


さらにお小遣いの使い道は、週刊少年ジャンプと、お菓子に向かいました(腹ペコ中学生ポテチにハマる)



さてさて、2009年といえば、嵐が年間シングル売上のトップに立ったり、メンバーのドラマや映画などが放送されたり、名実ともに『国民的アイドル』として確立された年だったかなぁと思うのですが、


まぁ、例に漏れず、私もそれなりに嵐を見ていたと思います。この頃は、にのが好きだなーって漠然と思っていた。流星の絆だったり、あとは少クラプレミアムのニノの回だったりはすごい好きだった気がする。


中学生にもなると、少し年の離れた人がかっこよく見えてくるもので。あとは世間の風潮とか。純粋な見る回数の多さとかから、なんとなく山田くんより二宮くんの方が好きかなーってなっていた。


そもそもその当時は、どっちがなんて考えていなかったと思うけど。



もちろん山田くんも見ていた。


左目探偵EYEとか。NYCとか。


でも、ドラマ以外で追いかけなくてもいいかなって気持ちだった気がする。


まぁ、結果として、担降りというか一推しが変わることになるんですね。


ただ、個人的な考えなんですけど、担当って、あるいは推しって、お金を使う対象なんですね。


だから、山田くんは、担当じゃなかったのかなって。


あるいは二宮さんが担当になったのも、AKBオタから戻ってきた時かなって思ってます。


なので、結局、山田くんに関しては、完璧な茶の間で、終わるんですね。


1円もお金を使ってないんです。


一番好きな人ではあったけど、担当ではない。


淡い初恋だったのかなって思います。


ありがとう山田くん。



そんなこんなで過ぎ去った2009年。


この年の私は、いろんなものに手を出しまくっていて、結果として定着したものもあれば、今は触れてないものもあります。



次回:押し寄せるAKBと引いていくジャニーズ、顔を出す中二病